登呂博物館のボランティアの研修で登呂遺跡近郊の遺跡があったところを歩いて巡りました。
3月4月とボランティアをお休みしていたので久々の研修です。
歴史の教科書には登呂遺跡しか静岡の遺跡は紹介されていませんが、近くにはいくつかの遺跡があります。
まずは一番近くにある、鷹ノ道遺跡に歩いていきました。
ここは駿河区役所や静岡新聞社のあたりです。
その次は有東(うとう)遺跡です。
ここは静岡市立商業高校のあたりです。
有東遺跡は、弥生時代中期から古墳時代にかけて静岡平野南部地域の拠点的な集落であったと考えられます。太型蛤刃石斧などの大陸系の石器や祭祀に関わる小銅鐸といったものが多く出土しています。
登呂や鷹ノ道のムラは有東ムラを母体としながらも枝分かれして形成されたムラと考えられています。
上の写真は商業高校の植木です。
市立商業高校は来年度から県立南高校と合併して、新たに県立駿河総合高校と学校名が変わります。今は校舎の増改築の工事をやっています。
有東遺跡から北東にある豊田遺跡に移動しました。ここは現在、豊田中学校付近になります。ここも有東遺跡から枝分かれした可能性があります。
弥生後期から古墳初頭の遺跡です。
ここの特に注目な遺構は湧水施設を伴う溝です。湧いてくる水を南に向けて流している跡が出土しました。
次に道を渡ってツインメッセや南部体育館がある所が小黒(おぐろ)遺跡です。
ここは古墳前期における静岡平野南部地域の拠点的集落だと考えられます。
数多くの遺物が出て、特に祭祀に関わる遺物と棟持柱を持つ掘立柱建物があるのが特徴です。建て替えが繰り返された住居跡、掘立柱建物が密集しているそうです。方形に区画された水田跡もあったそうです。
今日明日とツインメッセでは「静岡ホビーショー」の行われ、多くの人で賑わっていました。
(ツインメッセの横でホビーショーのお客さんを横目に学芸員さんのお話を聞くボランティア)
バンダイやタミヤ模型など静岡を代表するおもちゃメーカーがあります。ホビーショーでは新しいプラモデルやおもちゃなどが展示されているのでしょう。袋をを下げている人がたくさん中から出てきました。たくさん買い物をされたのでしょう。
古墳時代も今と同様、賑わっていたのでしょうか。
八幡山を北に見て、有明団地がある所が有明遺跡です。弥生後期の遺跡です。
そして登呂遺跡に戻ってきました。
実際に遺跡として整備され残っているのは登呂遺跡だけです。
歩いてみると、道の高低差がわかります。
微高地といわれる少し高まったところにムラが営まれてきました。
微高地は大昔からの洪水の堆積物で自然にできた高まりです。当然水が流れた低い湿地のところもあります。
微高地の上に街道なども作られていました。
約2時間の遺跡ウォークでした。だいたい7000歩。歩いた距離は4kmちょっとかな?
このところ、ずっと縮こまって過ごしていましたが、汗を流し、心地よい風に吹かれて、気持ちがよかったです。
午後からは登呂博物館で講演会があり、参加しました。
歴史尽くしの1日で日ごろのことを忘れて勉強ができ、とても有意義な1日でした。
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